MiFID2は中堅上場企業と資本市場を断絶するか?

こんにちは。じげんCFOの寺田です。

先日投資家訪問のために欧州出張にいってまいりました。
海外IRへの取り組みについての考え方はこちらをご覧下さい。

現地はいよいよ2018年1月から施行されるMiFID2(Markets in Financial Instruments Directive 2: 第2次金融商品市場指令)の話題で持ちきりでした。
いきなり何のこっちゃという感じかもしれませんが、MiFID2は「ミフィッドツー」等と読む欧州の金融規制で、市場参加者やIR担当者であれば耳にしたことがあると思います。

巷では、MiFID2の施行によって機関投資家(バイサイド)からの手数料体系が変化し、人員を抱える余裕がなくなった証券会社(セルサイド)がアナリスト数を削減し、上場企業、特に中堅以下の上場企業を担当するアナリストが減ってしまうのではないか、ひいては資本市場との断絶が起こるのではないか、という意見があるようです。

参考記事(1): https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-11-14/hedge-fund-pleads-for-small-caps-to-pay-for-research-after-mifid

そこで今回は、MiFID2がアナリストや中堅上場企業に与える影響について考えてみます。

ーセルサイドアナリストのビジネスモデルー

セルサイドアナリストは証券会社の株式調査部門に所属しています。株式調査部門は日本株チーム等と呼ばれる組織の一部であることが一般的です。現在の日本株チームの収益源は、主にバイサイドが証券会社を通じて株式を売買する際の手数料です。

バイサイド各社は四半期や半期毎にセルサイド各社のサービスをブローカーズレビューと呼ばれる制度で評価し、その高低によって各社への株式売買取引の発注量や発注手数料を変動させます。セルサイドに何を期待するのか、どんなサービスを重視するかはバイサイドによって様々で、セールスやトレーダー、アナリスト個人に対して付与する点数が明記された表を共有してくれる会社もあれば、ざっくりと各証券会社間の相対順位だけを伝える会社もあります。

例えば1日に500億円の取扱高がある証券会社があったとして、手数料率を0.02%とすると日当たり収益が0.1億円、1年間の営業日は約250日なので年間収益は約25億円と計算されます。証券会社の収益に対する人件費は40%程度なので、日本株チーム全体の給与原資は10億円で、これをアナリストやセールス、トレーダーで山分けすることになります。

山分けの割合は会社によってまちまちです。私が以前在籍していた外資系証券会社ではアナリストによるサービスを顧客に提供する重要な付加価値の一部として捉え、株式調査部門をプロフィットセンターとして位置付けていたように感じます。一方、トレーダーやセールスの付加価値が高いと考え、株式調査部門をコストセンターとみなす同業他社も少なからずありました。

しかしMiFID2の施行後は、こうした相違はある程度解消されることが予想されます。

ー手数料をアンバンドルするMiFID2ー

MiFID2は金融商品取引の効率性、透明性の向上を企図しており、施行後の欧州のバイサイド各社には、株式売買取引の執行によって生じる直接的なトレーディング費用と外部に委託するリサーチ費用とを明確に区分して開示する義務が生じます。

これにより、発注手数料に包括されていたセルサイドアナリストによるレポートやプレゼンテーション、及び発行体企業へのアクセスといったサービスがアンバンドルされることになります。既に多くの証券会社が、顧客向けに独立したリサーチサービスとしての販売価格を提示しています。

参考記事(2): https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-06-23/ORZ1T86K50YW01
参考記事(3): https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-08-17/OUT2WN6S972J01

金融業は基本的に「取引金額×手数料率=収益」という構造でアナリストもその一部に組み込まれていたわけですが、MiFID2の施行後は、コンサルタントや弁護士、会計士と同じように「稼働時間×時間当たりチャージ=収益」というモデルに移ります。

取引金額や運用金額は無限に増え得ますが時間は有限のため、前者と後者では収益のアップサイドに差が生じます。同じプロフェッショナルファームでも投資銀行とコンサルティング会社とで収益や給与、ボーナスは大きく異なるわけですが、ビジネスモデルの違いが背景にあります。

トレーディング業務を除く機関投資家向け株式関連事業は、実質青天井の収益源である取引金額と切り離され、良くも悪くもそれ自力でプロフィットセンターとして収益を上げる必要があることから、MiFID2は業界に地殻変動をもたらすと言われています。

ー過去にも地殻変動に見舞われてきたアナリスト業ー

セルサイドアナリストのビジネスモデルが大きく変化するのは、今回が初めてではありません。

2000年前後のITバブル全盛期、セルサイドアナリストが所属する株式調査部門と投資銀行部門は蜜月関係にありました。投資銀行部門は、発行体企業(事業会社や金融機関)による資金調達やM&Aのアドバイザリー業務を請け負うことで収入を得ます。

株式調査部門は本来、中立的な立場で投資家に投資判断を推奨する役割を担うべきですが、投資銀行部門が得る収益の一部はアナリストの報酬原資の一定部分を占めており、同じ会社の投資銀行部門のアドバイザリー収益獲得を手助けするため、顧客や顧客候補の発行体企業に対して実態以上に高い評価を付与したレポートを発行することもありました。

しかし、ITバブルの崩壊によってIPO銘柄の株価が急落したことや、米国エネルギー大手企業のエンロンが巨額の粉飾決算表面化を経て経営破綻したこと、更には多くの証券会社がそれら企業の経営状態を把握していたにも関わらず投資銀行部門の収益を優先して株式調査部門で投資を推奨し続けていたのではないかとの疑いがかかったことで、セルサイドアナリストの独立性、客観性に厳しい視線が送られることとなりました。

結果として投資銀行部門と株式調査部門の間にはチャイニーズ・ウォール(万里の長城)と呼ばれる情報の壁が確立、強化され、原則としてアナリストの報酬は投資銀行部門の収益と切り離されることとなりました。最近は少し緩くなってきたと聞きますが、私が前職に入社した2009年当時は、会社主催のクリスマスパーティーにおいてすらも、投資銀行部門の従業員とは極力接触しないようにとお達しがあったことを覚えています。

こうして起こった地殻変動に対して、2000年代半ば以降のセルサイドアナリストは、ヘッジファンドシフトに対応することで生き残ったと言われています。運用資産は大きいが長期志向で取引頻度が低い伝統的なロングオンリーよりも、短期志向でとにかく高回転に取引するヘッジファンドに営業リソースを集中投下し、投資銀行部門との隔絶で失った収益の一部を補ったのです(これによってフロントランニング、セレクティブディスクロージャーといった別の問題も起こりましたが…長くなるので割愛します)。

ITバブル崩壊から15年以上が経過した2018年、MiFID2がもたらす地殻変動は、証券会社の収益機会を奪う以外にどのような影響をアナリスト業に及ぼすのでしょうか?

ー同質化か差別化かー

上述した通り、現在(MiFID2の施行前)の株式調査部門は「取引金額×手数料率=収益」という事業構造にあるため、いかに取引金額を最大化させるかという観点でアナリストはリサーチレポートを執筆しています。もちろん、担当業界に対して熱い想いをお持ちの方も多いですが、営利企業に雇用されているアナリストの一義的な目標は、顧客である投資家を儲けさせ、自社を通じた取引金額を最大化させることです。基本的には時価総額が大きい企業ほど売買代金、取引金額も多いので、おのずとアナリストの調査対象は大企業に偏ります。

一方で、競合他社との差別化は多くのアナリストが抱える悩みです。ある程度メジャーなセクターであれば、野村、大和、みずほ、日興、三菱、JPM、UBS、Citi、モルスタ、メリル、ドイチェ、GS、CS、などなど、15~20社程度のアナリストがひしめき合っています。人気企業の決算説明会では、質問権を得ることすら若手アナリストにとっては一苦労です。

並みいる競合他社と一線を画す最も簡単でエキサイティングな方法は、手垢のついていない有望企業を発掘して世に知らしめることです。しかし、まだ誰にも知られていないような企業は当然時価総額も小さく、そこで株式売買が発生しても多額の収益は見込めません。

顧客の投資家からは「何で20社も他社がカバーしている銘柄を今更調査してるの?もっとエッジのきいた小型株のアイディアないの?」と言われ、グローバルのボスからは「小型株なんて時価総額も流動性もないぞ。大型株に集中してディープなレポートを出すべきじゃないのか?」と言われ、板挟みになることは少なくありません。

アナリストというビジネスは、差別化を求められながらも競合と同質化せざるを得ないジレンマを抱えているのです。

ー上場中堅企業にこそ好機到来?ー

さて繰り返しになりますが、MiFID2によって株式調査部門は売買代金、取引金額との連動性を失います。これによって証券会社の株式関連事業の収益が落ち込み、緩やかな人員削減や一部では事業自体からの撤退が起こることはほぼ確実でしょう。

一方でこれは、売買代金、取引金額という呪縛からのアナリストの解放と捉えることもできます。営業力、分析力を兼ね備えるアナリストが、規制によってビジネスモデルが変化してしまった証券会社を離れ、独立系のリサーチハウスとして活動する機会が増えるかもしれません。

売買手数料ではなくレポートをはじめとするリサーチサービスそのものが収益の源泉となる独立系のリサーチハウスでは、時価総額や売買代金は副次的な指数の一つでしかなく、独自の強みや成長戦略を有する上場中堅企業にこそ光が当たりやすくなる可能性もあります。

金を融かす(=通す)と書く金融の役割は、必要な企業、分野に必要な資金を融通することです。古き良き時代のアナリストは、成長企業を発掘して世界中の資本がそこにお金を投じる手助けをする、大変な社会的意義を有していたとも言えます。

MiFID2は、調査対象は大手企業、在籍先は証券会社に集中していたアナリストリソースを、中小型企業、独立系リサーチハウスに分散させる契機となるかもしれません。じげんも隠れた成長企業として発掘して頂けるよう、頑張りたいと思います。

株式会社じげん 寺田