誰も教えてくれない上場インターネット企業のファイナンス比較 (前編)

こんにちは。じげんCFOの寺田です。

少し前ですが、6月29日にUBS証券主催の機関投資家向けセミナーに登壇し、UBS証券の武田アナリストをモデレーターにエボラブルアジアの柴田取締役CFO、マイネットの久保執行役員と「成長を推進する、インターネット企業の投資戦略」をテーマにディスカッションさせて頂きました。
先日、ログミーファイナンスにそちらの様子がアップされていますので、ぜひご覧ください。

登壇した3社にはいくつか共通点があります。まず、インターネットサービスを主に提供しているベンチャー企業であること(エボラブルアジアは旅行やオフショア開発、マイネットはゲーム、じげんは人材や不動産や自動車と、事業を展開している産業は全く異なります)。また、上場企業としてM&Aを含む事業投資を積極的に実施してきたこと。

更に、直近の1年程度で新株予約権(一定の条件を満たしたときに行使可能となり、新株を発行して資金調達ができる仕組み)によるエクイティファイナンスを発表していることです。ちなみに、エボラブルアジアによる発表はセミナー後の7月7日でした。たまたまパネルディスカッションに登壇した3社が類似のファイナンス手法を実施するというのはかなり珍しいことかと思います。

エボラブルアジア発表資料: https://goo.gl/Vw6Sf5
マイネット発表資料: https://goo.gl/iZ6QXq
じげん発表資料: https://goo.gl/xYzPTI

ところで、上場企業によるエクイティファイナンス関連のプレスリリースは専門用語満載で敬遠しがちですよね。プロのセルサイドアナリストや機関投資家も、細かい点までは把握していない方が多数派です。また、私の知る限り、最新のファイナンストレンドについて説明された有用な書籍や資料も見当たりません。

そこで本記事では、各社の発表資料をもとに、上場インターネット企業のファイナンススキームの詳細を紐解いて比較してみたいと思います。相当にマニアックかつテクニカルな内容ではありますが、資金調達を検討されている経営者、CFOや財務、IR担当者、及び市場参加者の皆様のご参考となれば幸いです。

先にお断りしておくと、当記事の執筆にあたっては公開済みの資料のみを分析対象としており、資料に記載されていない点は私の個人的な推察によるものです。また、各社のスキームの優劣を論評したり、特定の会社への投資判断を推奨したりするものではありません。なお、マイネットの株価データは株式分割による影響を修正して表示しています。

それではまず、各社の新株予約権の概要を見てみましょう。

ー資金調達のパートナーや目的は?ー

回号(a)はトランシェとも呼ばれる新株予約権の種類を表すもので、同じ回号では基本的に諸条件も同じとなります。マイネットが1回号のみの発行であるのに対してエボラブルアジアとじげんは3回号に分かれており、異なる条件で3種類の新株予約権を発行していることが分かります。なお、3社ともこれ以前に従業員向けのストックオプション等で別の新株予約権を発行した実績があるので、回号数はばらばらです。

行使期間(b)はじげん3年半>エボラブルアジア2年>マイネット1年、の順で長いですが、行使の蓋然性(後述)を反映したものと思われます。

割当先(c)、つまり新株予約権の保有者は、マイネットとじげんではそれぞれ主幹事の大手日系証券会社ですが、エボラブルアジアでは外資系の証券会社です。これらの証券会社は新株予約権の対価を発行価額(後述)として発行体に支払い、リスクを取って金融商品を取得します。新株予約権の割当先は一時期特定の外資系に集中していましたが、最近は担当者の転職やプロダクトの標準化による分散が進んでいます。

一方で新株予約権の発行価額(後述)を算出する評価機関(d)は3社ともプルータス・コンサルティングです。プルータス、強いです。ちなみに、割当先と評価機関に加えて企業法務を担当する法律事務所もエクイティファイナンスをするうえではパートナーとして選定が必要な場合が多いですが、発表資料に法律事務所の名前が載る例はあまり見たことがありません。

資金使途(e)はいずれもM&Aが主ですが、エボラブルアジアは一部を認知度向上や顧客獲得を目的とするブランディング投資に充当します。また、エボラブルアジアとじげんが調達資金を今後のM&Aの待機資金とする方針なのに対し、マイネットは直前に実施した大型M&A案件に係る借入金の返済に充てるとのことで、このあたりが行使条件(後述)の差にも繋がってきます。

次に、発行条件を見てみましょう。

ー行使価額の設定から見えてくる各社の思惑ー

新株予約権は簡単に言えば、「設定された行使価額で株を買える」権利です。証券会社Aが企業Bの行使価額100円の新株予約権を購入していれば、その時の市場価格がいくらだろうと、Aは100円でBの株が買えます。Bの株価が200円なら大儲けできるのでBはすぐに行使して株を買いたいでしょうし、株価が50円ならわざわざ行使するインセンティブはないので株価が上がるまで待つことになります。

マイネットは単一回号の発行で当初行使価額(g)が発表日終値(f)とほぼ同値です。じげんは第4回こそマイネットと同じく当初行使価額≒発表日終値ですが、第5回、第6回の当初行使価額はそれぞれ+15%、+181%高い水準に設定されています。また、エボラブルアジアでは全ての回号の当初行使価額が発表日終値を大幅に上回る水準(+20%、+55%、+106%)に設定されています。エボラブルアジアやじげんのように現状よりも高い株価を行使条件に設定する新株予約権を、ハイアップ型と呼ぶこともあります。

ハイアップ型スキームの選択には、調達予定額(後述)を大きく見せたり高水準の株価の自己成就予言を狙ったりといったアナウンスメント効果に期待を寄せる発行体の思惑もあるかと思います。

ところで当初行使価額は、一定条件(h)の下で修正されることがあります。マイネットやじげんでは毎取引日の終値の90%に自動的に、エボラブルアジアでは取締役会決議を経た後の特定日の終値の94%に修正されます。例えばマイネットの株価が5,000円のとき、新株予約権を保有する証券会社は4,500円で株を取得し、その差分の一部を手数料として得ることができます。

ただし、あまりに低い株価で新株が発行されて希薄化が起きると既存株主に不利益が生じ調達額も少なくなるため、3社ともに下限行使価額(i)が設けられています。当初行使価額は日々の株価や発行体の決定によってすぐに変動してしまうので、実質的には下限行使価額の方が重要性は高いと考えてよいでしょう。

マイネットは下限行使価額が発表日終値に対して▲33%低い水準に設定されており、株価がかなり下落しても行使が可能です。エボラブルアジアは各回号で当初行使価額は違っていましたが、下限行使価額は一律で発表日終値とほぼ同水準に設定されています。一方じげんは、第4回のみ下限行使価額が発表日終値に対して▲10%低い水準に設定されていますが、第5回と第6回は下限行使価額と当初行使価額が同値となっています。

つまり、マイネットは株価が下落しても全回号が行使可能、エボラブルアジアは株価が横ばい以上かつ取締役会での決定があれば全回号が行使可能、じげんは株価が下落しても一部が行使可能だが過半は株価が上昇しないと行使不可能、ということになります。

マイネットのスキームは余程の株価下落が起こらない限りは着実に資金調達ができる一方、低い株価での行使が進むリスクがあります。
エボラブルアジアやじげんのスキームは株価が下落していれば希薄化が起こらないので既存株主へのコミットメントが強い一方、高い株価水準を達成しなければ成長資金が確保できないというデメリットがあります。

こうした下限行使価額の設定は、資金調達の使途(e)と密接に連動しています。マイネットは既に大型M&Aに使用した資金の借入金返済が目的のため、着実に資金を得る必要があったと思われます。実際に、2017年1月31日には当該借入金の全額返済2月14日には第11回新株予約権の全部行使完了を発表しており、発表日から僅か3ヵ月以内で一連のプロセスが終了しています。

一方で未確定な将来のM&Aの待機資金の確保を目的とするじげんでは、第4回第5回の行使は完了しているものの第6回は未行使となっており、エボラブルアジアではまだ株価が当初行使価額を上回っていないため、どの回号も行使はされていません。

さて、行使価額以外にも各社の新株予約権の条件は異なっています。

ー発行価額が表す「新株予約権保有者のリスク」ー

新株予約権は、保有者にとってはあくまで一定の価格で株を取得できる「権利」なので、実際にそれを行使するかしないを発行体がコントロールすることは基本的にできません。実際に、株価が行使価額を上回っていても、その発行体の流動性があまりに低いので、その後の安定した株価形成が難しいという理由で保有者が権利行使を見送ること等があり得ます。そこで、マイネットやじげんでは一定の条件を満たした場合には保有者に対して強制的に新株予約権を行使させ、資金調達を促進できる行使指定(j)を設けています。

これとは逆の観点から、じげんでは他の行使条件を満たしていても発行体の指示によって保有者の権利行使を禁じることができる停止指定条項も付与されています。また、エボラブルアジアではそもそも、保有者による新株予約権の行使には発行体の許可が必要な仕組みになっています。本記事で取り上げている3社以外の上場インターネット企業では、株価が急騰して行使価額を大きく上回っていたにも関わらず、発行体が保有者に行使を許可しなかった事例もあります。これらはいずれも、望ましくない希薄化や投資機会に対して過剰な資金調達を抑制するための策と考えられます。

他にも、エボラブルアジアとじげんでは、必要に応じて財務戦略を柔軟に切り替えられるよう、発行体が自主的に保有者から新株予約権を取得してスキームをキャンセルできる取得請求権(k)が設けられています。逆に、3社いずれとも、株価の低迷など一定のトリガーに抵触した際に保有者が新株予約権を発行体に買い取らせることができる取得請求権条項も盛り込まれています。

更に、その他の主な条件(l)として、マイネットは月間の最大行使可能株数、じげんは前年度業績の達成要件等も設定しています。

前述した通り、新株予約権の保有者は発行価額(m)を支払って新株予約権という金融商品を取得し、リスクテイクを行います。つまり、行使の蓋然性が高い新株予約権ほど、時価(株価)と行使価額との差分による収益機会を獲得しやすくなるため、その分価値の高い商品ということになります。行使できないまま新株予約権を保有し続け、行使期間が過ぎてしまった場合、保有者は発行価額分の損失を被ることになります。

行使の蓋然性は、行使価額や行使期間、並びに行使指定、停止指定、取得請求権、その他条件の有無等によって複雑に変動しますが、発行価額を見れば、外部からでも保有者がどの程度のリスクを取っているのかを推し量ることができます。具体的に、発行時の株価に対する1株当たり発行価額比率を3社で比べてみると、マイネット>エボラブルアジア>じげんの順で高いことが分かります。

発行価額は行使条件以外にも様々な要因が影響して決まりますが、これまで見てきたように条件が比較的容易に達成できるマイネットの新株予約権は保有者にとっての価値が高い一方で、制限が厳格なじげんの新株予約権は保有者から見ればリスクが高いので、発行価額も低く算出されるというわけです。

最後に、発行規模を比べてみます。

ー時価総額に対する資金調達額は「希薄化率」と必ずしも連動しないー

新株予約権が全て行使された場合に増加する潜在株式数(n)の発行済株式総数に対する比率(o)は、マイネット>エボラブルアジア>じげんの順で大きく、いわゆる希薄化率はマイネットが20%超で最も高く、じげんが10%弱で最も低くなっています。

一方、それによる資金調達額の時価総額に対する比率(p)は、マイネットでは希薄化率とほぼ同じですが、エボラブルアジアやじげんでは希薄化率よりも大幅に高まっています。これは、2社がハイアップ型スキームを採用して直近の値よりも高い株価での調達をアナウンスしているためです。既に述べた通り、特にエボラブルアジアの条件においては当初行使価額は大幅に修正され得るのですが、発表資料に記載される資金調達額は当初行使価額を基準に算出されるため、このような見え方となります。

いずれにしても、3社の時価総額対資金調達比率は16~21%と大きく、現在の規模に対して勝負に出たファイナンスと捉えることができます。将来的な企業価値の変動を前提とする分、発表時の時価総額に対する資金調達額が株式数の増加率、つまり希薄化率と連動しないというのは、パブリックな市場で時価総額や株価が日々変動する上場企業特有のスキームではないでしょうか。

ー株式市場の反応は?ー

以上、詳細に3社の新株予約権の概要や諸条件が設定された背景について書いてまいりました。
後半の記事では、各社のエクイティファイナンスに対する実際の株式市場の反応やエクイティファイナンスを取り巻く発行体や証券会社への雑感について記します。

株式会社じげん 寺田